身体という愛しい乗り物

何かいいことあったの?
週末、ダンスの先生に尋ねられた。

いいこと、ありましたよ。
ずっと会いたかった人に逢えたんです。

それは、ジェンダーを超えた世界で綴った私。

挑み、狩る眼をすることも
誘う眼をすることも
エクスタシー(陶酔)を感じる事も
全ては私の中にあり、遠慮なく出していいのだと
自分に許可を出した。

間違いなく、今まで超えられなかった境界を
ヒョイと超えてしまった瞬間。
あの日から私は、今までの人生で一番
軽やかな気持ちで生きている。

 

今まで何年踊っても、「下手だなあ」としか思えなかったのだが
もう下手でも何でも気にすることなく
ただ、踊る事が楽しく、喜びでしかない。
身体は素直なので、気持ちが喜びで満ちると
身体も自然に動きだす。

今までどれだけ、「うまくやらなければ。」という思い込みで
がんじがらめになっていたのか。
それは多分
「上手く出来ない私には価値がない」
「みっともない私には価値がない」
という無価値感の表れだったのだろう。
だから何年踊っていても
スタジオの鏡に映る自分を正視できなかったのだ。

 

今は、しっかりと鏡の中の自分を見つめて踊れる。
下手だろうとみっともなかろうと関係なく
私が喜びを感じられればそれで良い。
もちろん、ちゃんと上達はしたい。
それは完璧を目指すのではなく
もっと自由自在に表現したいから。

 

 

コンプレックスだらけで
自分にはいい所はひとつも無いと思っていた。
自分の身体も顔も嫌いで
何とかならないかと試行錯誤してきた。

 

 

在りたい自分に辿りつくと
こんなにも世界は変わる。

 

 

私は荒ぶる不滅のロック魂を持ち
いくつになっても拳を突き上げて叫びもすれば
裸足を踏みしめて踊りもし
ハイヒールでエレガンスに歩く

この全てが私だから。
他人が私をどう見ようと関係ない。

 

私は今、自分の身体が愛おしくて仕方がないし
世界で一番、大切にしてあげようと思っている。

何故ならこの世に生きるとは
肉体という乗り物があっての事。

自分を表現するにも、身体が無くては始まらないのだから。
おまけに身体は、とても素直で
意識を向けて動かしてあげれば、必ず変わってくれる。

 

これからはハイヒールの哲学と合わせて
身体にフォーカスしたレッスンも提供していきたい。
ハイヒールを履いても履かなくても
この世にただ一つの、大切な身体を
全ての方が慈しんでいただき
思う存分、自分が真に願う自分を表現して
自由に生きて欲しい。

 

 

クアラルンプールより愛を込めて
Nana

 

 

 

 

 

 

 

 

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