ファッション誌を買わない訳

以前はファッション誌をよく買っていた。
海外ではどこでも日本の書籍は割高だと思うが
クアラルンプールでも、日本の雑誌は定価の1.7倍ほどの値段になる。

毎月は購入しないが、季節の変わり目などに
日本のファッション誌を購入して読むのが、結構楽しみだった。

だが今は、ほとんど日本のファッション誌を買う事は無い。
気が付けば1年以上、自分では購入していない。

先日美容院に行った時
久々に日本のファッション誌を捲ってみたが
昔はとても好きだったファッション誌が
全然面白くなかったのには驚いた。

ファッションは好きだし、勿論ショッピングも好きだ。
だからファッションに興味が無くなったのではない。
「日本のファッション誌」に魅力を感じなくなったのだ。

 

 

綺麗に作られているし、情報量も多いが
何と言うか、モデルも含めて
「綺麗なカタログ」なのだ。

トレンドやコーディネートの参考程度にはしても
残念ながら世界観や匂いは感じられない。

最も、日本の読者は世界観など
ファッション誌に求めていないのかもしれないが。

 

おそらく、私が以前とは変わったのだ。
日本のトレンドに取り残されたくない。
海外に20年以上住んでいるにも関わらず
そんな気持ちがどこかにあって
ファッション誌を買う事で
その穴埋めをしていたように思う。

けれど今は、自分が身に付けてしっくりくること
それが基準になったので、日本のトレンドを気にする必要は無くなった。
もちろん、少しだけ今の気分を取り入れるのは楽しいので
参考にする部分はあるが。

 

 

ハイヒールコーチのコンサルティングを受ける中で
自分が目指す姿とは何かを常に考えてきた。
足元がハイヒールになると、自然とハイヒールに相応しい装いになるが
自分が目指す姿とハイヒールは、どう融合するのか
自分に相応しい装いとは何か。
考える癖がついてきたのだと思う。

 

私の師匠はよく
「狙いましょう。」「掴みにゆきましょう。」と仰る。

自分が目指す物を狙ってゆくと、余分なものは要らない。
季節ごとに、誰もが判で押したように同じ物を身に付ける
そんなトレンドは、むしろうっとおしい。

 

今、自宅に日本のファッション誌は1冊も無い。

 

他者からの情報が基準ではなく
自分基準で取捨選択をする自由。

それが心地良い、と感じる。

 

 

マレーシア クアラルンプールより愛を込めて
Nana

 

 

 

 

 

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