ピンクの華やぎ

ピンクが嫌いだった。

 

きっかけは多分、子供の頃にピンク色の服を買ってもらえなかったことだと思う。
私が子供の頃の服は白、紺、ベージュ、茶など
地味な色ばかりだった。

それは、母がシックな色が好きだったからなのだが、
子供心に、お友達が着ている可愛らしいピンクのお洋服が羨ましくて仕方が無かった。
それであれば、「私もピンクのお洋服が欲しい。」と言えば良いのに
子供の頃の私は、欲しいものをぐっと飲み込んで、親に言えない子供だった。

子供の頃の恨み(?)は、やがて
ピンクを着せてもらえない → 私はピンクが似合わない → ピンク憎し
という三段活用を経て、根深く私の心にへばりついてしまったらしい。

 

 

今でこそハイヒールコーチをしているが
10代、20代の頃はハイヒールにロングヘア
それにピンクの服を着ている女性が嫌いだった。

この3つは当時の私にとって
「女を売り物にして媚びる」女性が身に付けるアイテムだったから。
付け加えるとミニスカートも。

 

今思えば、とんでもない思い込みだ。
目の敵にされたほうにすれば、いい迷惑だっただろうに。
要は、本当は自分も身に付けて、女を謳歌したかったのだと思う。
だが、「どうせ私には似合わない」という思い込みで
無理矢理封印されたものが、敵視という形で現れたのだ。
まさに、大好きと大嫌いはコインの裏表。

 

長年の敵だったピンク色とは、
40代半ばになって、ようやく和解した。

きっかけは、1枚のブラウス。
ある日とても綺麗なローズピンクの、シルクのブラウスを見つけた。
無性に心惹かれてしまい、思わず衝動買いをしてしまったのだ。

 

40数年間、一度も着たことが無かったローズピンク。
初めて袖を通して外出した時は
まるで戦に赴くような心持であった。

ところが、そんな私の緊張とは裏腹に
このブラウスを着ているとやたら褒められたのだ。
女性はもちろん、男性からも。

そして私の長年のピンク嫌いはあっさりと終わりを告げた。

 

女性らしさを表現すること、女性であることを楽しむことと
媚を売ることは全く違う。
軸の無い女っぽさは、時にベタベタといやらしくなってしまうが
自分の性を肯定し、ぶれない軸のある女性らしさには知性が漂う。
40代半ばになってようやく、その事に気が付いた。

ピンク解禁に続いてハイヒール
ミニスカート、ロングヘア(今は切ってしまったが)
あれほど嫌っていたものが、今では私の定番となっている。
知性漂う女性らしさには、まだ遠い道のりではあるが
今はその道のりすら、楽しいのである。

女性として生まれたからには、やはり女性としての人生を楽しみたい。
自分の女性らしさを表現して生きてゆきたい。
そして、全ての女性に、女性としての人生を楽しんで欲しいと願っている。

華やかな色、女性らしいラインの服
そしてハイヒール
もしも、心惹かれているのであれば
思い切って身に付けていただきたい。

 

自分に華やぎを添えることが、人生の彩りになる。
女性は美しく生きることが使命なのだから。

 

 

マレーシア クアラルンプールより愛を込めて
Nana

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント