美しき50代のために

先日、いつも使っているファンデーションをうっかり切らせてしまった。

一瞬ノーファンデか下地とお粉だけ、とも思ったが
一応接客業であるので、間近でお客様と接するには
これではちと厳しい。

 

ごそごそとドレッサーを探し、以前ある化粧品メーカからいただいた
ファンデーションのサンプルを見つけた。
存在をすっかり忘れていたものだったが
とりあえずのつもりで付けて驚いた。

薄く付けただけなのに、肌が何とも上品に見えるのである。
そして肌が上質に見えると、全体の印象がグンと上がって見えることに気が付いた。

 

人間50年を1年過ぎると、今までと同じようにはいかないことが
多々起きてくる。
哀しいことに今まで似合っていた服、メイク、髪型が
どうにも決まらなくなってくるのだ。

そこを何とかしようと、色々と盛ったり
トレンドを追いかけたりしがちなのだが
「痛い若作り」という残念な結果に終わりがちだ。

 

50歳という年齢は、やはりひとつの区切りだと思う。
40代までかろうじて残っていた、若い時代の名残が
いよいよ力を失う年代。
逆に言えば、新しい自分として再生してゆく年代とも言える。

 

そこで鍵になるのが、今までのものを一旦全部棚卸しして
これからの自分に相応しいものを取捨選択すること。
その際、いかに「本質」を格上げしていくかが大事だと思う。

例えば身体、肌、髪といった肉体的なもの
言葉や仕草など、動作として現れるもの。
歩き方は勿論。
そしてマインド。

若さという張りが失われてゆく分
自分という本質を格上げしていかなければ
全てがどんよりと、年寄りじみた存在になってしまう。

高価なものを身に付ければ良いというものではない。
どんなに高価なものを身に付けようと
その人がどんよりとしていたら
ちっとも素晴らしくは見えない。

あるいは、年齢から来る押しの強さと図々しさが目立っては
何を身に付けてもギラギラと脂ぎって見えるだろう。

 

だから、年齢を重ねても美しくなる方法はただひとつ。
自分自身を格上げしてゆくしかないのだ。
そこにハイヒールは欠かせない。
ハイヒールの哲学で鍛える肉体とマインド。
これは年齢を超えて、強靭な軸を作る。

もう○○歳だから、などとは言っていられない。
年齢が上がるほど、意識と努力が必要になるのだ。
そんな面倒なこと、したくないわと仰る方はどうぞご自由に。
だが、ここが「マダム」と呼ばれるか
「オバハン」「バ○ア」(あまりに美しくない単語のため伏字)になるかの
分かれ目である。
そして好奇心も。
私の場合は、やんちゃ心も忘れずに標準装備したい。

 

ずっと前から、還暦には真紅のドレスを着てお祝いをすると決めている。
もちろん足元はハイヒールで。
その未来を手繰り寄せるために、今日もひとつひとつ意識をしてゆく。

 

 

マレーシア クアラルンプールより愛を込めて
Nana

 

 

 

 

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