受け継いでゆくもの ①

私には二人の師匠がいる。

 

ハイヒールの師匠はParisのAsamiさん。
もう一人の師匠は、今回お見舞いに訪れたアロースターの叔母。
アロースターの叔母は、私に「薬作り」を伝授してくれた師匠なのだ。

 

昔の日本がそうであったように、マレーシアにも伝統的な薬がある。
有名なのはランカウイ島の、なまこをハーブと共にオイルに漬け込んだ
「Minyak Gamat」(ミニャッ ガマッ)
傷に大変よく効くと言われている。

 

叔母の名前はポン。
本名はラティファーという、素敵なお名前なのだが
なぜか皆、ポン と呼んでいる。

 

ポン叔母はマレーの伝統薬作りの名手だ。
元々は彼女の母、つまり私の夫の祖母が作っていたものを
叔母が引継いだ。

「Minyak Angin」ミニャッ アンギン という塗り薬で
虫刺され、筋肉痛、湿疹などの皮膚トラブルから
お腹にガスが溜まった時のマッサージオイルや
産婦の産褥期のケアにも使われる万能薬である。

 

ポン叔母はミニャッ アンギンを始めとする伝統的な薬を作り
田舎で売っていた。
女性が生計を立てるためには、結婚するしかなかった昔の田舎で
彼女は薬作りの腕一本で稼ぎ、独身を貫き
養女を育て上げた。
彼女のミニャッ アンギンは有名で
わざわざ遠くの村から買いに来るお客さんも大勢いたそうだ。

私が第一子を出産した時、ポン叔母は彼女お手製のミニャッ アンギンを一瓶くれた。
夫の家族は皆、「この薬は万能だよ。」と言っていたのだが
私は油薬なんて、と内心バカにして、ずっと使わずにしまい込んでいた。

 

ところがある日
長男の虫刺されがひどく腫れ上がったときに限って
虫刺されの薬を切らしてしまった。
やむなくポン叔母がくれたミニャッ アンギンを塗ったところ
きれいに腫れが引いたのである。

それから、ポン叔母のミニャッ アンギンは
我が家に欠かせない家庭の常備薬となった。

 

20年近くが経ち、ポン叔母は薬作りを止めた。
もう年だから、というのが理由だった。

 

残念だよね。ポンのミニャッアンギンはよく効くのに。
夫の家族は皆そう言うのだが、作り方を知っている者は誰もいなかった。

 

叔母さんが亡くなったら、あの薬はどうなるの?
夫に聞いてみたが、ポンが亡くなったらもう手に入らない。
そんな答えが返ってくるばかり。

皆、あれはいいよね、って言うけど
じゃあどうして、誰も習おうとしないの?
あなたのおばあちゃんからポンが受け継いで、大事に作ってきたのに。

みんなMalas(マラス)だから。
マラス、というのはマレー語で「怠け者」という意味だ。
要はわざわざ習うのは面倒くさいから、誰もやりたがらない。
ポン叔母の養女でさえ、作り方を知らないと言う。

 

このままでは、ポンのミニャッ アンギンはこの世から消えてしまう。
昔ながらの、自然の素材で作った伝統的な薬。
良いと言われながら、受け継ぐ者がいないために
消えてしまったら、もう二度と復活できない。

 

じゃあ、私がやる。
誰も継がないなら、私がやる。

 

続く

 

マレーシア クアラルンプールより愛を込めて
Nana

 

 

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