嵐の前の静けさ?

2月は逃げる、と言うが その言葉のとおり
あと二日で2月が終る。

 

2月は何だか停滞の月だった。
インターネットが不通になり、勢いを挫かれた感もあったのだが
何とはなしにぐるぐると同じところを回っているような。
しなければいけないことは山積みなのに
形にならないもどかしさ。
そんなことを感じていた。

去年の2月は胃の検査入院で強制休養を余儀なくされたし
もしかしたら2月という月は、一旦立ち止まって
整理すべきものを見極める月なのかもしれない。

 

 

インターネットがダウンしている間、クローゼットの整理をした。
今回はかなり容赦なく。
今更ながらのときめきお片づけではあるが
選択基準は、自分がときめくかどうか。

途中、本当はまだ着られるんだけど…
ちょっと古びてきたけど、着易くて便利なのよね…
そんな声が聞こえてきても、心を鬼にして処分袋行き。
だって今まで、この声に負けて、古びた服を着続けていたのだから。
逆に、本当に気に入っているものは、多少年数が経っていても残す。

この先私は、何を着ればいいの?
と言うくらい、思い切って処分した。

 

処分したのは服だけではない。
長年、週末に家の水周りのお掃除をお願いしていた方を解雇した。
解雇というと大げさだが、もう来なくて良い、と言い渡したのだ。

理由はいいかげんな仕事ぶりを見つけてしまったから。

 

先日インターネットがダウンした時に
怒りはキッチンの床や鍋、鏡の曇りにぶつけて
色々なところを徹底的に磨いた。

すると、「えー!」と声を上げたくなるような
杜撰な仕事ぶりが分かってしまったのだ。

仕事の質と対価が釣り合わなければ、来ていただかなくても結構だ。
そんなことでイライラする、その違和感がとても嫌だから。

ということで、今までお世話になったことには感謝し
10年近くお願いしていた方とのご縁は、あっさり切れた。

 

 

来月は誕生日。
今年の私は、変化と嵐の運勢らしい。

だとすると、2月の停滞は嵐の前の静けさだったのか。
嵐と言うと、恐れをなす方もいるかもしれないが
今の私は、嵐上等!来るなら来い!な気分なのだ。

既存のものが嵐で吹き飛ばされた後にこそ
新しいものが作られるのだから。

 

 

マレーシア クアラルンプールより愛を込めて

Nana

 

 

 

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