ミスコンテストに思うこと

日本の友人から、今日話題になったミスコンテストについてメールが来た。
グランプリの女性が才色兼備、語学堪能、楽器も嗜むとあって
天は二物も三物も与えたと話題になっているとか。

 

興味をそそられて、ネットでニュースを検索してみた。
そして正直なところ… とてもがっかりした。

 

 

がっかり、というのはグランプリの方個人に対してではない。
コンテストに出場された女性は、それぞれ大変な努力をして
ファイナルまで勝ち抜いてきたのだから、
その挑戦と努力は素晴らしいと思う。

 

 

私ががっかりしたのは、日本の「美の基準」が
完全に世界から取り残されていると思ったからだ。

もしかしたら、このコンテストの傾向がそうなのかもしれないが
ファイナリストの雰囲気、衣装、ヘアメイク
全てが、ひと時代前の「お人形さんみたいなお嬢さん。」なのだ。

ああ、日本のミスコンの基準は
「未だに細くて背が高くてお人形さんのようにお綺麗なお嬢さん」
なのかと思うと、絶望的にがっかりする。
そこには参加者それぞれの個性やオーラが全く感じられないから。
女性はお人形さんのようでいれば良いという
化石のような価値観が根強くあるのを感じる。

 

 

今や美の基準は、顔立ちが整っているとか、細くて背が高いとか
そんな表面的なものではない。
内側から溢れる自信、知性、感性、官能性を
身体全体で表現して生きている女性。
しっかりとした個性を持ち、その人だけのオーラを放つ女性が美しいのに。

日本のミスコンテストの基準があれでは
世の女性が、「美人とはこういうもの」と誤解してしまうではないか…!

 

 

日本の女性たちよ、美人コンテストの基準に惑わされることなかれ。
自ら進んで、時代遅れの美の基準に 自分を当てはめてはならぬ。
あなたには、あなたの美しさがある。
つるんとした美人など目指さなくて良い。
あなたの美しさを、堂々と外に出して欲しい。

 

 

思わぬところで、強烈なジレンマを感じてしまい
色々と叫びたくなった夜だった。

日本を変えるのは女性
日本の美しさを支えるのは女性だと、私は強く信じている。
だから、まずは私たちひとりひとりが
自分にとっての美とは何か
美しく生きるとは何か
真剣に考え、真剣に美しく生きることだ。

 

 

私は、自分の美を熟知し、思う存分、自由に自分を表現する女性が増えて欲しいと
心から願っている。
ハイヒールコーチとして、全ての女性に目覚めていただきたいと切に願い
この仕事に賭けている。

 

マレーシア クアラルンプールより愛を込めて

Nana

 

 

 

 

 

 

 

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