地獄の窯の蓋を開けた人

突き抜けた人が好きだ。

突き抜けた、とはどういう意味かというと
ジェンダーとか年齢とか、そういうものを超えて
周囲が何と評価しようと
強烈に「その人らしさ」を放っている人。と私は定義している。

 

尤も、突き抜けた人が好きだと自覚したのは、つい最近。
現在、Asami-Parisコースの3回コースを受講しているが
私が魅かれる5人の女性を選んだ時
色々な事に合点がいったのだ。

 

深く考えた訳ではない。
昔から好きだったり、何となく惹かれている方をピックアップし
一番自分がしっくり来る写真を選んだだけで
1時間もかからずに5人すべてを決めていた。

 

自分が選んだ女性たちの写真を並べると
いずれも一癖も二癖もありそうな女性ばかり。

いや、正確に言うと、お1人の正確な性別は女性ではない。
それでも私は、どうしても「彼女」を外すことは出来なかった。

 

1930年代の往年の大女優
80年代のロックディーヴァ
世界最高年齢の現役モデル
ヌーヴェルバーグのミューズ
性別を超えた女装の麗人

 

「地獄の窯の蓋を開けた人たち」
私は、彼女たちをそう呼ぶ。

私のイメージでは、彼女たちの人生は海千山千で
それこそ地獄の窯の蓋を開けて
中を覗いてしまった人たち。
だからこそ
様々な経験、地獄の喜び苦しみを知っているから
全ての制限を超えて
自分であることを躊躇せず
且つ 美しい。

 

何という人たちを選んだのだろう。

 

『でもそうなりたいのでしょ?』

囁く声と

『いやいや違う。私はこんなに強烈な人じゃない』

そう、後退りしようとする声

 

『『どちらを選ぶの?』』

 

 

本当は分かっている。

私はもう、私の地獄の窯の蓋を開けている。
あとはしっかりと、窯の中に映る自分の顔を見て
これが私だと認めれば良いのだと。

 

それがたまらなく怖いのは
今の自分がいなくなってしまうような
今あるものを失うような
そんな恐怖があるから。

 

 

けれど、誤魔化し続ければ続けるほど
人生は生き辛くなってゆく
常に誰かと自分を比較したり
優劣を競ったり
そのあげくに自分はダメだと、どっぷり落ち込んだり。

 

私の人生は、残り半分を確実に切っている。
もう、余計なことに煩わされる時間はないのだ。
いや、煩わされるのは暇な証拠。

 

突き抜けて生きたい。

 

その自分の声に忠実に、
自分に集中して生きていく。

 

 

 

Nana

 

 

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