不安を持ち歩くべからず

今日、マレーシアはウェサック・デー(仏誕祭)の振り替え休日であった。
日曜は家族の買い物のために、ツインタワーまで出かけたが
ツインタワー近くの中国仏教寺院には
派手やかに蓮の花の飾りつけがされ
大勢の信者で賑わっていた。

火曜日は仕事。そして水曜はまたも祝日である。
今度はイスラム教の祝日で、「コーラン啓示の日」。
開祖のムハンマドがラマダン期間中に
天使からコーランの啓示を受けた聖なる日とされている。

仏教とイスラム教の祝日が続けてやってくるのが
他民族他宗教のマレーシアならではである。

 

この3連休に紙類をだいぶ処分した。
昔受けた研修のノートだの
古い雑誌だの、パンフレットだの。

気になりだしてチェックすると、出てくるわ出てくるわ。
キャビネット一つ分でこれなのだから
まだ手をつけていない本棚だの引き出しだのに
まだどのくらいの紙が眠っていることか。

一度に処分しきれないので、今日はここ、と場所を決めて
一箇所ずつチェックすることに決めた。

 

それから、お財布を新しくするついでに
今まで何となく入れていたカード類の処分

そして、バッグの中身の点検。

 

自慢にならないが、私は荷物が多くて重い。
何だかんだと細々持ち歩いてしまい
バッグに入りきらず、サブバッグまで持ち歩いている。

「荷物が多いのは、未来への不安があるから。」
という話を聞いたことがある。
何かあったら。
もしかしたらいるかもしれないし。
そういう不安があるから、色々持ち歩くのだという。

 

言わば先案じを常にしているようなものだ。
先案じ、と言うのは起きていない事をあれこれ案ずること。
そして、先案じの90%以上は、まず起こらないそうだ。

 

確かに、私も色々持ち歩いている割には
全てを使うことは、滅多にない。
ということは、この重いバッグの中身は
未来への不安が詰まっているということか。

そう思うと、これはいかん!という気分になる。

バッグの中身を全部出し
明らかに出番が少なそうなものは自宅待機にした。

私としては上出来だが、厳選すればもっと絞れそうではある。
今日から、未来への不安は持ち歩くべからず。

 

軽やかに、未来へ進むために
身軽であることは大切である。

 

 

マレーシア クアラルンプールより愛を込めて

Nana

 

 

 

 

 

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